質問と答え


『親近関係』に関する質問

『自己』に関する質問

『達成』に関する質問

『ストレス症状:不安』に関する質問

『人格』に関する質問

『ライフトラックのグラフ』に関する質問

『著書』に関する質問





『親近関係』に関する質問

Q: どうして我々二人は、楽しく幸せな素晴らしい時間を共に過ごした後に、必ずと言って良いほど大喧嘩をして傷つけ合うのでしょうか?  週末旅行の帰り道や、楽しい外食の後に,決まってつまらないことで争い、折角の楽しい経験をぶち壊しにしてしまうのです。

A: 防衛的な人は、人に近ずく, 即ち『親近関係』がある水準以上に上昇すると自動的に抵抗反応を起こすからです。『抵抗反応』は不安、怒り、身体症状、鬱、錯乱、等として親近度の上昇によって脅かされる防衛的な人格に発現します。誰しも多少は体験するこの防衛反応に気付き(認識し),それが互いに更に近ずいた為に誘発された事を(展望)し、抵抗を乗り越えて、更に近ずく事を(選択)し、そのように(行動)する事が必要です。又週末旅行の帰り道や外食の帰途にイライラしてきたら,これは又抵抗反応が起こったのだと気がつき(認識)し、一瞬の時間を取って気を静め、そんな自分を冷静に見て、抵抗の挑発に乗せられないように自分を制御しなければいけません。抵抗が起こる程近事いたのは前進の証拠なのだと気付き、抵抗を乗り越えて更に一歩前進するチャンスを逃さない事が大切です。喧嘩になっても,直ぐに,何事も無かったかのように仲直りをするのです。

Q: 私は男性に近付こうとすると、必ずヘマな事をしてしまうのです。急に変に気難しくなったり、既にパートナーが他に居るような振りをしたり、わざと相手の気をくじくような事をしてしまうのです。私は本当は男性との関係を求めているのに、一体どうなっているのでしょうか?

A: 我々が最も心から求めているものを手に入れることを怖れる事は珍しくありません。その理由は、傷つく事から自分を守る防衛反応が働いているのです。即ち、自分の求める人に近付くと、その大事な相手から拒絶されたり、その相手を失うことにたいする恐怖が同時に増大するからです。この恐怖はしばしば極めて強力で、精神は自動的にその人の全知全能を動員してその様な危険から身を守ろうとします。 精神の健康と幸福を手に入れるためには、この恐怖を減らす為に親近関係を犠牲にするのでは無く、恐怖を乗り越えて更に近付く事が必要なのです。

自己に関する質問 [Top]

Q: 「自己」には「親近関係」や「達成」の上がり下がりから守られた安全な隠れ場所はないのですか?

A: 外界の出来事に左右されずに内心の平安を維持する能力をわれわれは持って居り、それを瞑想や、意識的に自分の為の時間をつくり内省する事によって開発し、増強する事も出来ます。 そして、忙しく時には葛藤に満ちた日常の活動から一歩身を退いて、内省し展望を新たにして心機一転新たな活力をもって日常生活に望む事が出来ます。但し、この我々に備わった適応の能力が、不快で苦しい現実から逃避する事を容易にし、根本的な問題の解決を邪魔する事も起こります(患者の言葉症例を見る、L子参照)


達成に関する質問 [Top]

Q: 私は何をやり遂げても、常にもっと、そしてより良い事をやりたいという願望を満たす事が出来ません。前の会社の仕事は上手く行っていたのに、満足出来ずに辞めました。非営利慈善事業に転職しても達成感を味わう事が出来ませんでした。現在は自分で会社をはじめる事を計画中です。こんな私をどうお考えになりますか?

A: 日常の活動の中に意義を見出す事は我々の自分に対するイメージに大きな影響を持ちます。しかしながら、実際に如何なる活動に意義を感ずるかは千差万別です。テニスで強敵を負かす事に最大の遣り甲斐を見出す人も居れば、ベストセラーを書き上げる方により意義を見出す人も居るという訳です。無名の職人が自分の手仕事から得る満足感が、自分に満足出来ない有名な科学者が重要な研究の成果を認められ受賞した時よりより大きい可能性があります。自分に対する満足感は客観的な業績の重要性よりは、その人が主観的に感ずる「意義.」によって決まるからです。

満足感を求めて次々と仕事を変える前に、貴方の「達成」に対する満たされない願望が、実は困難で、有意義な事をやり遂げる事によって間接的に、世の中(他人)から尊敬されたり、愛されたりする事を求めているのだという事に気付き、それが現在有りのままの個人として必要な1対1の親近関係が欠損している事から来ているからかも知れないという事に気付く必要が有るのです。一度有りのままの自分が受け入れられ愛されているという体験をすると、仕事(達成)に対する満足感が飛躍的に増すはずです。(L子とR男の例を参照)


ストレス症状:不安に関する質問 [Top]

Q: ストレスとは何ですか?

A: ストレスは、不安、イライラ、身体症状、鬱、錯乱等の、不快で気になる症状(信号)として顕れます。これらの信号は我々が過去の経験と現在の適応能力を超えるチャレンジに直面していることを告げているのです。即ち現在既存の人格(思考、感情、行動のパターン)では、新しい人生のチャレンジに対処できない事を間接的に警告しているのです。

Q: 不安とは何ですか?  何故我々は不安になるのですか?

A: 緊張、落ち着きの無さ、恐れ、心配、等を示す思考、感情、行動、として不安は体験されます。 不安は我々が自己、親近関係、達成の3大分野で、過去の経験と現在の適応能力を超えるチャレンジに直面していることを告げる最初の警鐘又は防衛線ともいえます。

Q: 他の人が平気な時に、何故私だけが不安やイライラを感ずるのでしょうか?

A:不安やイライラは過去の経験と現在の適応能力を超えるチャレンジに直面した時に、当然起こる自然な反応ですが、これは客観的、外的な出来事に対する貴方の主観的な反応によって起こるのです。従って、貴方の主観的な反応を改善する事によって、ストレスを減らす事が出来ます。

Q: 私は最近永年の夢がかない昇進しました。それなのに、天にも昇るように喜ぶどころか、激しい不安、不眠、鬱に悩まされています。 何故私は、幸せを感ずべき時に不幸になるのでしょうか?

A: 通常我々は、悪いことが起こった時にストレスを感じますが、『良いこと』が起こった時にもそれが我々の処理能力を超える事が有ります。 長い間の夢だった昇進、第一志望の大学合格、望み通りの就職、密かに恋焦がれていた相手が遂に貴方に応えてくれた時、等に、不安、イライら、身体症状、鬱、時には錯乱が起こることさへあります。このようにポジテイヴな出来事にネガテイヴな反応が起こるのは『怖れ』の為です。 我々の心はしばしば最も欲するものを怖れるのです。 折角得た幸運と成功を喜ぶ代わりに、それを失う事を怖れる余り、失う事を予想し、そのための準備をし、まるで既にそれを失ったかのような反応を示してしまうのです。


人格に関する質問 [Top]

Q: 人格(パーソナリテイ)とは何ですか?


A:
人格(パーソナリテイ)は自己、親近関係、達成の3分野でのその人の思考、感情、行動のパターンです。

Q: 『自己』とはなんですか?

A: 『自己』とは、その人が自分についてどう考え、感じ、行動するかのパターンです。

Q: 『親近関係』とはなんですか?

A: 『親近関係』とは、配偶者(パートナー)又はそれに相当する、最も大切な1対1の関係を指します。 子供にとっては安心して頼ることの出来る両親が性格形成期の最も重要な親近関係の相手です。

Q: 『達成』とはなんですか?


A: 我々の人生に満足と意義を感じさせてくれる諸活動、例えば、仕事、キャリアー、スポーツ、趣味、その他生産的、創造的な活動の全てを指し、自己実現を可能にし、我々個人と周囲の社会との繋がりを感じさせてくれます。

Q: 『自己』、『親近関係』、『達成』を全て同時に充実させる事が必要なのでしょうか?仕事の性質上、私は毎日長時間仕事で忙殺されています。その代わり、休暇中は、日ごろないがしろにしている家族に埋め合わせをします。そして、稀にしか自分の為の時間を持つことが出来ません。

A:個人としての精神的な健康や、家庭の幸せを守りつつ、仕事上での成功を果たす為に、一時的に、自己、親近関係、達成の間のやり繰り (trade-off) をすることは自然且つ必要な事です。しかしながら長期にわたり3分野の何れかを犠牲にし続けると、精神の不安定、ストレス症状の原因になります。逆に、意識的にしかも持続的に人生の3分野を充実させる事により、人生を最大限に生き、長い人生に避けられない挫折を乗り越え、最大限の精神的健康を維持する事が出来ます。

Q: 私はカール、ロジャーズのパーソナリテイの理論を聞き及んでおり結構信奉していますが、ライフトラックのアプローチと比較するとどのような特徴があるのですか?

A: ヒューマニストであるカール、ロジャーズの理論と同じようにライフトラックのモデルも厳しい毎日の患者相手の治療活動の中で発想され、テストされたものです。ストレスに満ちた多忙な生活に追われている手強い患者達の心理的適応を向上させる為に工夫を凝らす過程で産まれ、毎日の治療の現場で試され続けてきました。 ロジャーズの理論と同様、ライフトラックも治療者と患者の関係が患者の性格の変化を引き起こす為の必要不可欠な手がかりであると考えます。然しながら、ライフトラックでは、更に一歩進んで、患者の性格を根本的に変え、長期的に安定した精神状態に到達させる為には、患者の実生活での伴侶(パートナー)が治療者と同様に重要であると考えます。従って、治療者が患者にとっての最も大切な親近関係の唯一の対象になる事を避け、治療の当初から伴侶の参加を奨励し、治療終了後も末永く支えあっていけるパートナーとの親近関係を画期的に向上させる事を治療目的とします。.

Q: 私はマズローの『欲求の階段』の理論を知っています。ライフトラックの『人格の3脚』は精神的欲求の説明ですか?マズローの理論との違いを説明してください。


A:マズローの『人間の欲求の階段』は欲求間でのやり繰り (trade-off) の概念がありません。しかも、肉体的、精神的欲求を混在させています。ライフトラック理論によれば、『自己』『親近関係』『達成』に対する欲求は千差万別の創造的なやり方で充される事が出来ます。短期的にこの3分野の欲求間でやり繰りを(trade-off)を行う事は精神的柔軟性と健康の指標ですが、長期的に何れかの分野をないがしろにし続けるとストレス症状や精神不安定の原因になります。

更に、ライフトラック精神健康のモデルがマズローの理論と違う重要な点は、このモデルは同一の人が激しい不適応の最悪の症状を呈している時も、最高の適応を享有している時にも当てはまり、役に立つ事です。これは、マズローの自己実現の研究がリンカーン、ジェファソン、ソロー、アインシュタイン、等歴史上の傑出した人物を理想的な例として行われた事と根本的に違っています。ライフトラックでは、全ての人がそれぞれ正常であり、最悪から最適 (Optimal)までの多様な適応を体験する潜在的な可能性を持っていると考えます。マズローは人間の精神の暗い反面のみららず、愛、健康、元気横溢、等に注目した事で大きな貢献をしましたが、その明暗の両面を概念的に統合する事には成功しなかったと言う批判もあります。その意味でライフトラックの『精神の健康』のモデルは人格の最悪から最良の適応状態までを一環して理解説明出来るものです。

Q: 先生は精神分析者ですか? ライフトラックのアプローチは精神分析とどう違いますか?


A:不幸な過去から来る『ノイローゼ』や『精神病理』に注意を集中しそれを分析、除去しようとする精神分析のアプローチと異なり、ライフトラックは、『精神の健康』に注意を集中し、それを提唱し、増強させる事によって、結果的に症状を不要にしようとします。治療の成功は精神分析のように、ノイローゼや病気を長い時間をかけて減らし、消滅させる事ではなく、いかに必要最小限の時間で、患者の精神の健康を明らかに過去の最高の水準を越えて増強されたかによって測られます。
私も伝統的な『病気モデル』に基ずく精神医学の訓練を受けましたが、それは、治療の現場で、患者の苦しみを理解し、薬物や精神療法によって一時的に減らす対症療法としては役立っても、実際に患者の精神の健康を過去の最高を遥かに越えて根本的に増進させるためには余り役にたちませんでした。『精神の健康』の理解と実践については専門の訓練を受けた医師や心理学者も、素人と大差がない言う事に気付いてからは、患者が過去の痛手や苦しみを止めどもなく訴えるのを、受け入れ、忍耐強く、無批判に、同情心を持って聞いてあげると言う従来の受身の治療者の役割を捨てました。より積極的に、最初から『精神の健康』のモデルを提唱し、患者にそれを説明説得して受け入れさせ、叱咤激励して、患者(及びパートナーの)の抵抗を何とか乗り越え、過去の不適応のパターンから脱却させることを試みる過程でライフトラック療法が産まれ試されて来たのです。

『消極的な同情的観察者』の役割を捨て、患者が過去の人生体験で習得できなかった事、即ち『健康で幸福な』人生を送る為に必要な新しい、具体的な方法手段を提唱する事にしたのです。治療セッションの時間の80%以上を、治療者としての観察、分析、助言を患者が理解出来る明瞭な言葉で表現し、積極的に患者の問題を分析し、具体的に患者が如何に考え、感じ、行動すれば、過去の不幸なパターンから脱却して新しい人生を切り開けるかを説明する為に使ったのです。精神科専門医の訓練で学んだ事を捨て、『精神の健康』を分りやすい図解されたモデルで説明し、それ従って行う患者の毎日の自己採点をグラフにして追跡する事によって、『精神の健康のモデル』を毎日の治療の現場で試し続けたのです。

それを始めて直ぐに分かった事は、患者は『精神の健康』を増進する事に徹底的に抵抗すると言う事でした。患者の頑強な抵抗妨害を乗り越え、忍耐強く、繰り返しユーモアを交えて説明説得を続ける内に、幾人かの患者達が絶望的な困難な状況から回復したばかりか、彼ら自身の自己採点によれば、過去の最良の水準を遥かに越えて成長する事を発見したのです。

この積極的で、具体的なライフトラックのアプローチは、ノイローゼの根源を過去の無意識の中に埋められていた外傷的体験を自由連想を使って意識のなかに引き出すことによって乗り越える事を主な方法とする精神分析とはその内容、スタイルの双方で根本的に違います。

過去の不幸な体験の分析は最初のセッションの最初の1時間の集中した組織的な問診で終え、過去のデータを2時間目に治療者が整理説明し、問題の分析、治療目的、治療法、予想される治療過程、必要な治療期間、予想される治療費用などを最初のセッションで説明します。

Q: 『予防精神衛生』と言う表現を聞いていますが、ポジテイヴ又は積極的『精神の健康』と言う表現は初めて聞きます。何故新しい表現が必要なのですか?

A: 『精神の健康』の概念は『予防精神衛生』と違います。ライフトラックでは全ての精神的適応不全が早期の処置によって予防できるとは考えません。むしろ、避けられない精神の不適応から起こる『危機』をチャンスとして逆用して、人格の構造的変革を実現しようとします。治療の目的は患者が訴える『病気の症状』を直接軽減する事では無く、その人の人格の健全な部分を積極的に、過去の最高水準を越えて増強する事です。それが達成された時には、症状は通常自然に消滅し、新しい適応のパターン(パーソナリテイー)が確立します。

Q: 『エデイプスコンプレックス』その他のフロイドの概念をどう考えますか? 


A: 『精神の健康』のライフトラックモデルは精神分析のように『エデイプスコンプレックス』や『性』を中心的に重視する事を避けます (親近関係は3分野の内のひとつで、性的興奮は親近関係の9パラメータのひとつです) 。

然しながらライフトラックの治療目的は、今まで患者が認識していなかった重要な事を『認識』させ、それに従って的確な『展望』、『選択』、『行動』の4ッのキーステップを踏む事を奨励しますが、それはあくまでも、患者の『精神の健康』に貢献するものを意識的、合目的、且つ選択的に行い、際限なく、過去を分析し、『無意識』を意識の中に引き出す事自体には意義を見出しません。

ライフトラックの治療者は、自由連想の様に受身ではありません。問題の存在や、その原因を単に『認識』する事で患者が自然に苦しみから開放され精神の健康を得るとは考えません。問題の『認識』はその解決の第一歩に過ぎず。過去の外傷的な体験に拘泥せず、それを受け入れ乗り越えて、現在と将来の健康と幸福を可能にする新しい『思考』『感情』『行動』のパターンを身につける事が治療の目的です。そのためには、患者の不幸な過去から学ぶものは極めて限られている考えるからです。

Q: 『行動』の変化を手掛かりにして、パーソナリテイーを変える『行動療法』(Behavior Therapy)のアプローチとの違いは?


A:『行動』を重視するスキナー、ワトソン、等の行動療法学派と異なり、ライフトラックは『思考』『感情』『行動』の精神の3大機能のそれぞれに同等の比重を置きます。患者が毎日の自己採点を行う際、意識的な、不自然な努力をして、精神の健康の為に必要な様に、『考え』、『感じ』、『行動』することを励まします。行動は常に大切ですが、それに至る前に、問題解決の4ステップ;『認識』>『展望』>『決断』>『行動』を、感情的な抵抗を乗り越えて、確実に踏む事を指導します。

Q: ヘンリー ムレイ (Henry A. Murray) の提唱した20以上の人間の動機、願望のリストとの違いは?


A:ライフトラックモデルは精神の構造の核心を定義しようとするもので、ムレイの長いリストより簡略です。人格の三脚のモデルは一般の素人にも直感的に理解出来、しかも複雑な人生を包含しており、更に簡単に記憶出来、日常の生活に応用できる点で便利です。 しかも、3脚モデルはそれぞれ3次元9要因に分解出来、必要な要因を網羅しています。(ライフトラックとは>定義)参照。このように構造的に組み立てられているので、三脚の相互関係やそれぞれの要因を有機的に把握する事が出来ます。

Q: ライフトラック理論と、人格を有機的に相互反応する部分によって構成される開放されたシステムと考えるシステムズ理論との共通点は?


A:それぞれの部分が有機的に関連し合い、システムの中で常にバランスを維持すると考える各種の有機論と異なり、ライフトラックは人は外部の環境から影響を受けるだけでなく、外部に働きかけ主体的に影響を与えると考えます。『自己』は周囲から孤立して存在するとは考えません。更に『人間は性善だが悪い環境によって歪められるものである』とも考えません。バランスの取れた人格が自然の状態であるとも、又バランスが崩れた状態が異常であるとも考えません。人生の危機や混乱は苦しいものですが、時には既存の思考、感情、行動の壁に挑戦しそれを乗り越える千載一隅のチャンスでもあります。

Q: 現在評判の抗鬱剤プロザックや精神医学の診断基準DSM (Diagnostic Statistical Manual) をどう思いますか?

A:薬理学の研究の進歩は医学と人間の健康に偉大な貢献を果たし、精神医学の分野でも効果的で、しかもより副作用の少ないプロザックのような薬が次々と開発されてきました。特に、錯乱や躁鬱の症状を抑える為には適切な薬物療法は欠く事が出来ません。然しながら薬物療法の前提である精神の『病気』は大脳の中で起こる化学的な異常によってのみ起こると言う事は証明されていません。

精神薬理学の専門家達も, 例えば鬱の診断が当てはまり、薬で治療をすべき人口の8−15%のみが実際に治療を受け、しかも専門医による適切な薬物療法を受けた患者の約30%のみが症状の軽快(remission=鎮静)状態に到達する事を認めています。更に、一般人口の30−60%が既に一般開業医から処方されたプロザックのような抗鬱剤を日常服用していると言われています。この二つの統計が事実としたら、一方では人口の大多数がプロザックを服用すべきであり、しかもその30%のみがその効果を期待できると言うことになります。即ち70%は効果の無い、しかも高価で危険な副作用の可能性のある薬を専門医の充分な指導無しに服み続けるということになります。

現在の精神科の診断名は、いまだに解明されていない色々な精神の症状に『病名』を付けて整理分類し、治療や薬の処方を正当化し、保険請求をする為に役立つものですが。実は、このような従来の『病気概念』に基ずく理論自体が限界に近付いてるのです。 その理由は、その理論が間違っているからと言うよりは、複雑な現象を説明するには余りにも視野が狭く限られているためです。多くの人が苦しむ精神的不適応は明らかに同情に値し、充分他の身体の『病気』と同じ扱いを受けるべきで、しかも有効な治療が必要な事は明らかであり、病気概念は人道的な立場から苦しむ人を助ける為に必要且つ大変役立つ面があるとは言え、その限界と弊害を越えなければいけない時が来ているのです。

自然科学は既にそのような思考の転換発展を前世紀に経験しました。世界観を350年にわたり支配していたニュートンの物理学の世界観から相対性理論、量子力学、ベルの理論とより包含的な概念に発展したのです。精神医学もそれを150年間支配してきた『病気概念』を超える人間の心理的経験をより明快に説明出来る新しい概念を必要としているのです。ライフトラックはそのひとつの試みなのです。


ライフトラックのグラフに関する質問 [Top]

Q: ライフトラックの概念と毎日の自己採点トラッキングとはどう違うのですか?

A: ライフトラックの目的は、先ず「精神の健康」を支える要因を明確に定義し、そしてそれを毎日の自己採点を通して計測、追跡し、向上させる事です。 

この二つの目的は関連していますが別個の物です。 ライフトラック概念を理解し、意識的なトラッキングを行わずにそれを直感的に貴方の人生に応用する事も出来ます。しかしながら、毎日の自己採点のグラフをトラッキングして分析する事によって、生活の質向上の為の努力を日常の習慣にする事が出来ます。トラッキングによって内省を刺激し、過去の最高水準を越えて向上成長する事が可能になります。毎日の自己採点によるトラッキングは忙しい日常生活の中で見失いがちな「精神の健康と幸福」という人生最大の目標を忘れず、それに向かって毎日を送る事を可能にします。

Q: どうやって私がパートナーに対して性的に興奮するとか、有りの侭の相手を受け入れる等という心理的な体験に数字をつけることができるのですか?


A:ライフトラック療法の患者は毎日過去の最高を10点、最低を0点とする10点法で記録します。思考、感情、行動に点数を付けることは自分の主観的な体験が実は制御可能であるという事に気付かせます。点数を手がかりとし、例えば現在の5点より「今日はパートナーをより心から受け入れよう」と努力する事が容易になります。

ライフトラック療法は、セッションの度に、いかにしてそれぞれの項目の点数を更に向上させるかを指導します。 例えば、「現在貴方はパートナーに4点の水準で頼っていますが、どうしたらそれを5点の水準に上げることが出来るでしょうか?」という質問は、現在の二人の間の関係の問題を指摘するのみならず、それを向上させる答えを明らかにする事を助けます。この作業の真の目的は「向上」にあり、採点の絶対値は実は相対的が意義だけをもったもので、採点の作業は単なる受身の経理の記録ではなく、積極的に『いかに考え、感じ、行動する事によって、今日、精神の健康と幸福を更に増進させる事が出来るか?』を自問自答するための手がかりなのです。この様に、積極的に努力する事によってライフトラック療法は短期間で極めて困難な状況下で、しばしば劇的な治療効果をあげるのです。

Q: 私は物理学者ですが、心理学と物理学の間に色々な点で概念的に似た所があると日頃感じていました。 ライフトラックの自己採点行為そのものが精神の健康の体験に影響を与えるという所に特に興味を覚えました。それについてのコメントは?

A:我々の主観的精神状態が各人の人生体験に影響する事は明らかです。量子力学の概念『自然とその観察者とは密接に関連して居り、両者を切り離す事が出来ない』が心理の世界にそのまま当てはまります。更に精神は意識的に経験の一部に注意を集中し、他の部分を無視する事が出来ます。

貴方の質問が示唆しているように、観察計測する対象を選ぶ事によって、それまで存在しなかった現象を創り出す可能性が有ります。ライフトラックは意識的に測ろうとする経験、即ち『精神の健康』(例えば幸福感)を創りだすことを目的としています。同様に、病気の診断治療の概念に基ずいたアプローチは『病気』を意識的に探し、測ることによって、病気を創り出している可能性があります。

ライフトラックは毎日の自己採点によって、客観的に観察できる人生経験を変え向上させるだけではなく、主観的観察の尺度そのものを変え、それによって人生の体験を変えようとします。主観的観察の尺度は例えば、過去の最高を超えて更に幸福になったことを測定できる必要が有ります。このような『加点法』の思考は観察者が主体的に精神の健康、幸福を観察測定する事を通して精神の健康、幸福を増大させる事を可能にするのです。(『自己実現の方法』講談社現代新書>ダウンロード)

Q: 誰でも出来る10点法の自己採点は簡単で気に入りましたが、心理的な複雑で微妙な体験は言葉でも表現が難しいのに数字で表現できるわけがあるません。自己採点は無意味と考えますが?

A:主観的な体験、即ち幸福、鬱は言葉でも、数字でも充分に描写表現する事は不可能です。精神の健康はその個人によってのみ『体験』出来るものです。この事実は避けがたい疑問を提起します。『もし、心理的体験の現実が経験する事が出来ても十分に描写できないものだとしたら、いかにしてその様な体験をトラック(追跡)出来るのか?』という疑問です。

物理学者フィンケルシュタイン(Finkelstein)は厳密正確な科学である物理学の世界で、いかに『経験』が他の物理学者に伝達できるかを次の様に説明しました。アインシュタインも物理学の現実を正確完璧に把握し様という努力が果たせない事情を開く事の出来ない懐中時計にたとえて表現しました。時計の文字盤を見る事は出来てもその背後にある仕掛けは見る事が出来ないと言うのです。物理学者フィンケルシュタインは『経験を完全に描写伝達する事は不可能だが、その経験がどうやれば起こるかを示し、どのようにその経験を測るかを示す事が出来れば、他の人々がその経験を体験する事を可能にする事が出来る』(要旨要約)とのべました。ライフトラックの自己採点は正にそれと同じ事を目的としているのです。 これを使って精神の健康を『経験』する事が目的で、自己採点は精神の健康そのものでは有りません。

Q: ライフトラックでは何故、独自の方法で患者に自分の精神の健康を採点させるのですか? 既に広く使われているパーソナリテイテストや第三者の専門家のパネルを使わないのですか? 患者自身による自己採点は信憑性(validity)に疑問があります。自己採点は客観性を欠いています。

A: 内科その他身体的な医学では、患者の主観的な意見と関係なく医師が患者が、健康か病気かを判定します。 もし患者がエイズのテストにポジテイヴとの結果が判明した場合、自覚症状の有るなしに関係なく患者は病気に感染している事になります。 患者の主観的な自覚での『健康感』は客観的な診断を変えません。内科その他身体に関する医学では、客観的なアプローチが科学的で信頼性があります。

身体の医学で有効な『客観的アプローチ』は精神の問題には当てはまりません。 もし、患者が主観的に苦しんで居れば、客観的な精神医のパネルが統計的に見て、その患者が健康であると判定しても無意味なのです。 もし、一人の患者にとって人生が地獄であれば、その人の人生観が変わら無い限り常に苦しい筈です。 その逆も真です。 死期の迫った重病人が平静な心境で居た場合、客観的な医師のパネルがこの重病人は苦しんでいる筈だが、当人がそれに気付いていないだけだと判定しても、死期を迎えて平静で幸せな人の幸せを取り上げる事は出来ません。

とはいっても主観的な尺度で精神の健康を測る事の限界もあります。ライフトラックでは、患者当人の主観的判断のみに頼っている訳では有りません。 治療者と、患者の人生のパートナーが常に患者の状態を観察します。例えば、錯乱によって患者の現実に対する認識が歪んだ場合には当然主観的な患者の『健康感』と自己採点は無意味になります。 医師や家族、又は頼りになる周囲の人の判断で患者の意思を無視してでも必要な処置を取らざるを得ない結果になります。

Q: 幸せや苦しみは各人によって同じように判定されているのでしょうか?

A: 心理的な体験、不安感、平安感、鬱、幸福感などはそれを感じている当人によってのみ内省され測られる主観的な体験です。或る人を幸せにする出来事は他の人を同じように幸せにするとは限らないどころか、不幸にするかもしれません。 しかも、或る人にとっての『幸福』感は他の人の『幸福』とは違っているかもしれません。それどころか、同一人にとっても時と場合によって違うのかも知れません。それでも、幸せや鬱が主観的体験で或る以上、それを観察測定する最も資格の或る判定者は当人なのです。

Q: 私は気持ちの揺れの激しい人です。自己採点をする時の気分次第で大いに影響を受ける自己採点は無意味な様に思われます。それでも自己採点をする意味があるのでしょうか?一体私は誰を誤魔化そうとしているでしょう。

A: 心理的体験は思考、感情、行動のスパイクとして起こります。幸福も,鬱も,安定した持続的な状態では無く,突然何かの理由で変化する可能性のあるものです。その理由で,ライフトラックの『総合的適応シート』は精神状態のスナップショットです。簡単な10点法での自己採点の結果もその間に起こった出来事や, たまたま思いついた事次第で、数分後に繰り返したら変わっているかもしれません。

この様な変わり易いしかも主観的な自己採点ですが、毎日一定の方法で繰り返し行われるライフトラックモデルによる自己採点は驚くほどの豊富で貴重な情報を提供します。我々の記憶は短時間で失われ,時間と共に歪んでしまいますが、それでも昨日より今日幸せであるとか,憂鬱であるとかの判定は充分内省で判定できます。

ライフトラックの毎日の自己採点は貴方の心理的体験のパターン(パーソナリテイ)を象徴する噴水の、水滴にたとえる事も出来ます。水滴の一つ一つ(精神状態のスナップショット)を個別に観察してもあまり得るところは有りませんが、時と共に刻々と変化するダイナミックな精神状態を捉えるためにはこれに勝る方法が有りません。ライフトラックの患者達は毎日同じモデルに従って 自己採点を繰り返す事により、無数の水滴が繋がり次第に噴水の形を示し始める様に、彼等のパーソナリテイーと刻々と変わる精神状態が一連の線グラフになって示される事に驚くのです。 この様に我々の性格は遠くから見れば一定の形を保っているが、実は無数の水滴によって形成されている噴水に例える事が出来ます。

Q: ライフトラックの採点法は10点法(0が最低,10が最高)と最初に説明されましたが, 後で点数が10点を超える必要が有ると訂正されました。何故,10点で安定するのではいけないのですか?

A: 新しい物理学では真空状態の中で観察者が如何なる方向に,又如何なる速度で移動しているかに関わらず、光の速度は秒速約186,282 マイルで一定である事が知られています。その理由は観察者の使う測定尺度の長さがその相対的な移動速度次第で変わる為です。観察者が高速度で移動している時は観察尺度が縮む為、光の速度は常に秒速186,282 マイルで一定しているのです。同様に主観的心理的内省の測定尺度もその長さが変化する事によって目盛りの読みが常に一定に保たれるメカニズムがあります。その人にとっての『最高』は常に最高の限界で、超える事の出来ない一定の水準であると主観的に想定されています。

この『最高』水準を0から10までの10点法の尺度に当てはめると問題が起こります。このジレンマに気付いたのは20余年前に重症の鬱で入院治療が必要になった一科学者の患者のお陰でした。退院の日に付けた過去最高の10点を付け続けながら、退院後日が経つにつれて彼は自分の精神状態が退院の日より更に向上している事に気付いたのです。過去の10点と現在の10点には差が在る事に気が付いた彼は、過去の点数が甘すぎた為修正が必要だと言い始めました。それがきっかけで、過去最高の10点を越える『加点法』に気付いたのです。

ライフトラックの自己採点は過去最高の経験を超えることを10点を越える事によって可能にします。過去最高の水準は新しい更に高い水準によって置き換えられて行くのです。


著書に関する質問 [Top]

Q: 何処で更にライフトラックのアプローチについて読む事が出来ますか?

A: このサイトの『ダウンロード』欄に記事、著作物をご希望に応じてダウンロードできるようにしてあります。

講談社現代新書『自己実現の方法』(9刷発行後絶版)もダウンロード出来ます。


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